新潟山形旅行
JR東日本におけるキハ52・58最後の牙城だった米坂線(米沢〜坂町)にもいよいよ新型気動車が投入されるらしい。 米沢の近くに親戚がおり、国鉄型気動車の姿は何度と無なく見かけたし、乗って来た。その光景がなくなる前にやはり 今一度米坂線を尋ねておこうと、「ムーンライトえちご」+土日切符で訪ねることにした。今回は滅多に使わぬ三脚を 持血出した一方、いままで必携だった大型時刻表はプリントアウトしたネット上の時刻表と携帯での時刻表検索に 取って代わられることになった。
快速「ムーンライトえちご」新潟行きはしばらく乗らない間に新宿駅5番線からの発車となっていた。発車ギリギリに 高崎までの切符を買い、いつものように中央快速線上りホームの下まで来ると「ムーンライトえちご号は5番線から〜」 のメッセージが電光掲示板を流れている。慌てふためいて5番線まで駆けてゆき、席に座って一息入れるともう発車。 今日は山手線遅延の影響で4分の遅れ。高崎までには回復するだろう。車内は2〜4席に1人程度。金曜の夜だと いうのに少し淋しい乗車率だ。しかもそのうち10人以上は大宮で降りていった。実は自分の座席に先客が居り、 尋ねるとバツが悪そうに前の席へ移り、大宮で降りた。指定券を持っていないのだろう。大宮までの間に検札は こないから、実際の乗車数と実際の収入が大きく違ってくることになる。夜行列車の火を絶やさないためにも 抜き打ち改札は必要ではないか。
大宮を過ぎて以前は熊谷前後で検札が来ていたものを、今回はなし。車掌の手元で指定券発売状況が見られるように なったのか、車掌は車内を通り過ぎて乗客数を数え、減光しただけ。
高崎の長時間停車で土日切符に印を押してもらい、急行能登とのツーショットなどを収めて就寝。新潟では隣に E127系の快速村上行きが止まっている。村上までの連絡のほかに通勤通学輸送に備えた送り込みも兼ねているので、 広い車内はがらがらである。秋田地区のE701もこの色調・この空席状況だったらまだ我慢できたかもしれない。
することもないので村上まで乗りとおし、電車・気動車同線接続のシーンを写真に撮る。留置線の115系など観察し、 折り返しの列車で坂町へ。ようやく夜が明けて明るくなってきた。曇または雨という天気に反し、雲は多いものの 日差しはかろうじて確保できそうな気配である。
坂町で下車。いつもなら30分ほど待って米坂線米沢行き始発列車に乗るところだが、今回は撮影メインということで
駅前でタクシーを拾うことにする・・・いない。それならそれで仕方ないかと駅前をうろうろしていたところ
タクシー会社に人がいるようで、お願いして越後大島近くでおろしてもらった。もう少しすれば列車が走るのにどうして
タクシー?と聞かれて撮影ですと本当のことはいえず「・・・友達の家が近くにあるので・・・」。
弱木はbloom bloom 嘘が咲く(BOYS BE BRAVE 〜少年よ勇気を持て〜)
越後大島の坂町寄り、村上市との境に近い田んぼの中の踏切で列車を待つ。刈り取りの住んだ田んぼは夜のうちに雨でも 降ったのかしっとりと潤み、山々は黄色に赤に染まって美しい。漫画「とりぱん」の作品中で作者のとりのなんこ氏は 「紅葉は山の放熱」と言っている。岩手の紅葉は見たことが無いが、確かにそう思わせるに十分である。底の平らな綿雲の 塊が次から次へかなりのスピードで西から東へ流れていく。雲によって朝陽の加減が刻々と変化し、神々しい景色である。 肝心の列車写真はというとが、小国からの坂町行き1番列車は通過まで時間が無く失敗。折り返しの米沢行きも うまくいかない。2本目の坂町行きでようやく調子が出てくる。しかしこんどは次の列車で移動となる。 天候はほとんど曇になった。
小国街道から駅へ通ずる旧道に入る。試運転か、道路冬季融雪用のスプリンクラーが水を飛ばしている。水圧調整が うまくいかないのかあらぬ方向に水を飛ばしているものもあって、濡れないように通るのが難しいところもあった。 そのままいくと落ち着いた家並みが続く。柿の実の橙色が目に飛び込んでくる。国道290号線に出て右に曲がると越後大島。 コンパクトな待合室だけの駅舎がある。駅から越後下関側へ線路沿い(R290沿い)に2分も歩けば一面の田んぼが広がり、 撮影地たるに十分である。ただ1日6往復しか走らないこの区間、さらに撮影可能時間を考えれば、列車利用の撮影は 難しそうだ。ホーム脇の桜も綺麗に赤や黄色に染まっている。落ち葉が土に返り桜の花が咲く頃、傍らを走る列車は どう変わっているだろうか。
乗り込んだ米沢行き2本目の列車は新潟から直通の快速べにばな。キハ52と47の新潟色同士でボックスには空きが無く、 ロングシートの部分に座る。ちょうど検札が回ってきたので、記念に大島→下関の車補を購入。 ローカル線の火を絶やさないためにも。
米坂線内各駅停車ながら、さすがに快速だけあって(?)途中長時間停車も無く、うとうとしているとあっという間に 羽前松岡についた。松岡での下車は自分ひとりであった。強い風に体を震わせながら羽前松岡〜伊佐領のいわゆる お立ち台に向かう。沿道では雪囲いの準備が進んでいた。
さすがに次の列車まで1時間半あるため同業者は居ない。三脚をセットしてからレリーズが無いことに気がつく。 大島では使っていたのだから無いはずはないのだが…。三脚のカメラはタイミングを見てセルフタイマー撮影とし、 時間まであたりを散策する。相変わらず綿雲の固まりは西から東へ流れ、隙間にはうっすら雲が垂れ込めて 憂鬱な天気。「山の放熱」も心なしか冷めているように見える。雨が降り出す気配は無いのが幸いだ。まずは1本目。 車利用の同業者が1組あっただけで、3両運用なのにそんなものかと思ったら、やってきたのはキハ110とキハE120の 混結列車であった。あとで駅の張り紙を見ると、11月1日から新型車の運行開始に伴う運用変更で3両編成が無く なったとのこと。いまのところ新型車の運用は限られているようだ。
さらに待つこと2時間弱。たまに日が差して山の紅葉が冴えるが、天候が良くなりそうな気配は無い。途中で追っかけ の方がいらして情報交換。その時いままで翳っていた日が一面に差し、山は俄然生き生きとして、辺りは息を呑むような 黄金色の世界になった。またすぐに日は翳ってしまったが・・・。列車通過直前に次々と自動車追っかけ組が到着多くの 撮影者に見守られた中やってきたのはいずれも青の新潟色のキハ52+47ペアであった。国鉄色のツートンもいいが、 やはり地方色にも味がある。キハ52を3両も国鉄ツートンにするのなら、1両は飯山線カラーにしてほしかった。 子供の頃、米沢駅に止まっていた飯山線カラーのキハ52を見て、なかなか似合っていると思ったものだ。
風のように現れ風のように去っていった追っかけ組を尻目に、また歩いて松岡駅に戻る。山のもみじ、里の木々、 家並み、干し柿・・・全てが錦に染められているようだ。ススキのかなたから米沢行きがやってくる。どの列車も、 キハ47よりキハ52のほうが席が埋まっている。単純にボックス数の違いだけでなく、すわり心地の問題もあるような 気がする。キハ47にボックスを得て車窓を眺めているうちに、車内の暖かさからいつの間にか眠り込んでしまった。 安らかな至福のひと時。
米沢には16時前に到着。狭い留置線と2段欠き取りのホームには国鉄型気動車がひしめき、青い新潟色、赤い新潟色、 国鉄ツートンカラー、国鉄急行色と百花繚乱の感がある。しばらく写真を撮ったあと、暗くなり撮影にも不向き ということで予定を切り上げ投宿。